小学校受験は必要なの?胎教から早期教育に取り組んできた私が勉強を捨てた6つのワケ

出産後の知育

Moi!

こんにちは めぐむです。

春から息子は小学生です。

息子とわたしが選んだ小学校・・・

それは勉強がない自由な学びの『フリースクール』です。

胎教から早期教育とよばれる働きかけをしてきた塾講師のわたしが勉強を捨てた理由をお話します。

勉強嫌いな子どもたちに胸を痛めて

『勉強キライ!』

『勉強つまんない!』

こうしたことばをあなたも1度は聞いたことがあるのではないでしょうか。

わたしはご縁があって学習塾で講師をしていることもあり

『でも(冬休みは)宿題があるからイヤだ!』

といった子どもたちの声を聞くことがあります。

息子の幼稚園を卒園された小学生なんですが、ばったり会って一緒に帰ったことが何度かありました。

彼の口から出てきたことばも

「漢字嫌い!毎日宿題で書かされるから。」

「算数面白くない。今日もプリントをやらなきゃいけない・・・。」

といったたぐいのものでした。

このような言葉を聞いたとき、わたしは胸がしめつけられる思いがします。

ひとは『学ぶ欲求』をもった生き物です。

学びは遊びの1つであり、勉強はほんらい楽しいもののはずなのに・・・。

勉強はつまらないもの』という概念が大人にもあると思いますが、早期教育に出逢い、わたしは勉強が楽しいものだと気づきました。

人は年をとるほど、体力や食欲は落ちていきますが、唯一増えていくものがあるそうです。

それが『学ぶこと』だと言われます。

年齢を重ねるごとに趣味で語学や資格を学ぶようになりますよね。

そう。

自ら『学びたい』と欲求するようになるのに、やらされることで『面白くないもの』だという認識が育まれてしまう危険性がある学校教育に疑問をもっていました。

詰め込み教育の問題点

いまの日本の義務教育は『与える』型の詰め込み教育ですよね。

教師が中心として子どもたちに一方的に教えていく形です。

ヘルバルト派といわれる教育がもとになっているのですが、形式的にはいまの教育は教師中心の『教授法』から子どもが中心の『学習指導(合科教育)』へと教育方針がシフトしたといいます。

が、わたし的にはいまでもじゅうぶん教師中心の教育に見えてならないです。

聞いてビックリ!日本の小学校

最近ネット上でこうした発信をみかけたことはありませんか。

『マジっ!ありえない!!』

と思っていたのですが、先日お子さんが小学校に通っているお友達も同じようなことを言っていました。

(そこ、息子がフツーに進学をした場合は行くことになる公立小学校です。)

「掛ける順番を逆に書いたらバツなのよ。

それがフツウよ!変だと思うことなんてたくさんあるわよ。

でもそれを受け入れていくのが社会ってものよ!!」

彼女のことばに衝撃と疑問が沸き上がりました。

どう考えてもオカシイものを疑問に思わず、世の中ってそういうものだと育む教育って!?

考えてみると、学習塾での採点方式同様の方式になっています。

※小学校と足並みを揃えないと、学校ではバツになって子どもたちが混乱をするから『◯』をつけれないとのことです。

これってどこが子ども中心の教育法なんでしょうね。

義務教育が生まれたワケ

日本に義務教育がうまれたのは明治時代です。

江戸時代は『寺子屋』や『私塾』『藩校』といったかたちの教育でした。

藩校』は強制的に通わなければならなかったようですが、それ以外は自主的なものであり、教育は学びにいくのか家で学ばせるのか選択することができました。

明治にはいり教育改正がしかれると米国の教育方針にならった学校がつくられました。

明治5年に教育を受けさせる義務ができたのですが、当時は実学(お金を稼げるようになる)のための教育でした。

教育を受けさせるのは義務でしたが学校は任意で通うもので有料でした。

ところが、明治23年に『教育勅語』が配布され忠君を育てる教育へと移ります。

さらに太平洋戦争がはじまった昭和16年には学校以外の教育を認めない規定がうまれました。

学校に通わせなければならなくなったのって、軍に都合の良い教育をほどこすためだったんですよね。

いまの常識が正解なの?世界にみる教育

文部科学省が発表している『各国の義務教育の制度の概要』でわかることは、子どもが教育を受ける義務や権利は当然なんですが、就学義務は国によります。

引用:文部科学省

日本にいるといまの教育方針が常識だと思ってしまいますが、進歩教育と呼ばれるデューイ派やホームスクーリングで実践されるアンスクールリングなどさまざまです。

グローバルな時代に日本の教育方針のみにフォーカスをしてしまうのはもったいない!

みんなそうしてきたという枠を外して、子どもがもっとも自分らしく成長できるやり方を模索してあげるほうがずっと”しあわせ”だとわたしは考えます。

そもそもなんのために学ばせるのか?成功者たちとの出逢いから学んだこと

2013年からインターネットの世界に飛び込んでいろいろな方とめぐり合いました。

20代で億を稼ぐかたから売上げ38億円のグループ会社を経営する経営者のかたまで、それまで想像もつかなかった世界のかたたちから学ばせていただいてきました。

数年前に1回のセミナーが200〜400万円もする情報業界のカリスマの男性の有料コンテンツで毎月学んでいたことがあるのですが、彼の学校にたいする考えに衝撃を覚えたことがありありました。

学校教育が企業の業績を悪くしている。

成績による評価性で育った子どもたちが、会社に入ってお互いのあしを引っ張り合うのだというのです。

お互いに協力ができれば、会社の事業は伸びるのに、自分の成績のために協力どころかあしを引っ張ろうとする。これが学校教育の問題だとのべていました。

一概にはいえないでしょうが、わたしも自分との戦い(昨日の自分よりきょうの自分)の思考をはぐくみにくくする、評価性をよしとは思っていなかったので、『成績表をつける』学校教育を受けさせることがデメリットに思えてなりません。

また、インターネット業界で成功された方のなかには、中卒であったり、元ニートだったり、オタクだったり、元ヤクザだったりすることともあって、学歴主義への疑問が大きくなりました。

子どもたちは何のために長い年月をかけて自らの意志でもない勉強をさせられなければならないのだろう?

もはや高学歴が将来の豊かさを確証されてはいない時代において、長い時間を机にしばられて、そのうえ宿題や塾にと勉強ばかりを強いられて12年を生きる理由がどこにあるのだろう?

勉強を強いる義務教育が理解できません。

輝く青少年に出会って

わたしが入っていたインターネットビジネススクールの同期にいままであったことがない青少年たちがいました。

きょうはおふたりほどあげたいと思います。

某有名私立大学現役 ハタチそこそこで2社経営する青年

19歳で大学生と起業家の2足のわらじをはいていた青年は、おじさまたちを30〜100万円でコンサルをするほどの実力者でした。

コーチングで有名なマイケルボルダックのセミナーに借金をして参加をしていらい、生き方がかわったそうです。

いつも活き活きとあそびも仕事も学業もこなしていて輝いていました。

片道切符でアメリカ留学 スラム街からハーバード大学院へ華麗に転身

いつもボロボロに汚れたシューズとジーンズ姿の20代はじめの女性なんですが、彼女の生き方は心が震えてなりません。

私が出会ったとき、彼女はハーバード大学生であり、ビジネスウーマンであり、インターネットビジネスを教える講師でもあり、さらには世界中を旅する女性でした。

彼女は高校受験に失敗をした際に、宇宙へ興味をもち、ひとり渡米をします。

お金がなくてスラム街でアパートをシェアしていたそうです。

そこから生きるために試行錯誤をして16歳でサーバーレンタルのビジネスを思いつき、自らの力だけで大学まで進みます。

一時期は億をも稼ぐようになり、贅沢のかぎりを尽くした生活をしていたそうです。

ですが、贅沢をしつくしてお金への執着がなくなり、自由気ままに自分のやりたいことをすべて叶えていました。

海外を放浪されながら自分のビジネスも続けられるかたわら、昨年ハーバード大学院をオールAで卒業されました。

自由に生きる若者たち

わたしはやりたいことにチャレンジをつづけ自由に生きる若者たちに出逢って、勉強をして大学に行って就職をする『当たり前』と呼ばれる人生のレールに一石を投じたいです。

大人に促されるままに当たり前に勉強をさせられて、意味もなく当たり前に大学を受験して、卒業をして、会社に雇われて、社会の歯車になる未来をあゆむことが幸せなのでしょうか。

義務教育は人生のムダ

すべての義務教育は洗脳だ

とホリエモンが言っているようですが、わたしも義務教育は『イエスマン』をつくるための場にみえてなりません。

勉強だけでいいのか?食育問題に迫る!

食がからだを作る

これはわたしの持論ですが、ひとは食べたものからしかからだを作ることができません。

もちろん心もです。

食はわたしたちの源です。

ところがです。

国はわたしたちよりも企業を守ることを選んでいます。

たとえば牛乳ですが、日本における乳業界のちからは絶大です。

もともとはアメリカが敗戦国に牛乳を売りつけるために給食に根づかされたのですが、いまは乳業界の権力により、給食を地産地消の和食に変えた自治体でも牛乳だけは取り払うことができないそうです。

あらがうことができない社会で、なんとか牛乳を飲ませない主張をするお母さんたちもいます。

けれども悲しいことに、みんなが当たり前に飲んでいると自分だけ飲まずにいることなんて、とても難しいことですよね。

学年があがることにだんだんと流されていく人もいらっしゃいます。

子どもの力を信じて

実のところわたしたちの学ぶ力は想像を超えます。

ある方が『難しい』と思うことが分からなくするとおっしゃっていましたが、勉強が楽しい遊びである限り、まるでスポンジが水を吸収するようにぐんぐんと身につけることができるでしょう。

サドベリースクールを卒業なさったあるお母さんのブログに、たし算すら知らなかった娘さんが大学へ行くと言って勉強をはじめたところ、わずか2ヵ月半で高校認定試験の8科目を学び、一発合格されたとありました。(すでに社会人で働きながらだそうです^^;)

小学校の6年、中学校の3年、高校の3年。この12年で習う教科勉強が2ヵ月半でクリアーできることを知ったいま、ではいったい12年もの月日を使って、させられてきたものはいったいなんだったのか?

引用:オヤトコ発信所

思考は現実化する』などという本もありますが、『楽しい』『出来る』と思えばできる道を、『難しい』『苦手』と思えばできない道を、私たちは自分で選択をしているのだと思います。

めぐむ的まとめ

学びは遊びです。

勉強は楽しいものであり、子どもたちがぐんぐんと吸収できるものなのに、いまの学校教育では勉強への概念が悪いものになりかねません。

勉強を強いるのではなくて、子どもの力を信じていまやりたいことをとことんやらせること。

自ら決めて没頭する力が育つことで、子どもたちに秘められた才能が発揮できる人に育つと信じています^^

 

NEOライフスタイルデザイナー

めぐむ